●困る質問。
作家のほうから来る質問でとっても困るものがある。「どういう作家なら扱ってもらえるか?」というもの。
答えようがない。いい作品だったら、いい作家さんだと思ったらこちらからお取り扱いをお願いしているので。
こういう作家ならお取り扱いすると言えば、そういう作家になるというのか?全く愚問だ。
この手の質問をする手合いには、アートというと、作り手の考えが絶対的で、生み出したものに人々は感服すべしとでも思っている節がある。なんだか面倒なんですけど。。
アートは本来、スポンサーを喜ばせるために存在するものだ。スポンサーが欲しいと思うものを作るのが作家の仕事だ。
江戸時代では、現在作家(アーティスト)と呼んでいる人たちは職人だった。ルネッサンス時代の、ミケランジェロですら、身分は職人だ。
スポンサーが国王やお殿様から一般人に移行した現代だからこそ、プレゼンできる幅が広がった。よって、アートの自由度もできて、作り手も創造者も作家と呼ぶようになっているけど、スポンサーのほしいものを作る職人という役割には昔から変わりない。
自分の好きなものを作りたいなら、趣味として作ればよい。
作家として生きるなら、一般人によいと思ってもらえなければ生きていけないという現実を覚悟してからにすることだ。若い作家さんに魅力的な人が多いのは、自分のことをよく考え、この覚悟ができている人が多いからだ。
思いを伝えるのに技術は必須。プロであるからには高い技術があるのは当たり前。
その上で、人々が欲しいものが作れること。
その上で、、
その先はいろんな考え方があると思うので、なんともいえない。私は曲げることのないポリシーをもってやっています。
悲しいことに、確かに、作品がよいのに評価されなかった作家は歴史上に存在する。
たとえば、
ゴッホ。
そして、
ゴーギャン。
彼らは死後、評価された。ただ、同時期のモネなどはアートとしても商業的にも生きている間にキチンと評価されている。ゴッホやゴーギャンが生前評価されなかったのは、本人の破滅的な性格も一因でないかと思う。破滅的な天才は、ごくごくまれな存在だ。
なので、売れないのは世の中が悪いというのは理由になっていないと思う。ゴッホ級の天才でない限り。
もっとひどい理由になると、「見る目のない人ばかりなので自分の作品は売れない」と。それで「見る人を育てていないギャラリーが悪い」と。
私はそういう考えの作家には何の用事もない。
とりわけ、女の人は美しいものに敏感で、よいものを素直に感じ取る感性があります。よいものにふれた瞬間、みな本当によい顔、幸福そうな本来の顔をするのです。それがアートピースの力だと思う。
先の愚問に対しては、やはり、「いい作品だったら、いい作家さんだと思ったらこちらからお願いする」としか答えようがないです。
ライフアートギャラリー ラクシ
http://lxy.jp/

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